幻像水月

 洋画メインで映画のレビューとかリアルのこととか書いてます。

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  う~む、どうも最近ROをやる時間がないです・・・

 ガッコから帰ってきたら9時でした。ってことが多いのですorz
 頑張ってはみたものの、今月中に97まであげるのは無理ぽです。・゜・(ノ∀`)・゜・。

 あぁ、ガッコで忙しいなんて・・・



 さて、日々の愚痴はそれくらいにして、再び映画を3本レンタルしてきました。どいつもこいつも新しいやつばっかです。多分、今日から三連続で映画のレビューを書くと思います

 文章下手レビューでよろしければ今回もお付き合いください

 さて、まったり映画を見たい気分だったので、今回はこちら


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 公開当初からとっても見たかったわけです。DVDを確認するなり、速攻で借りました

 「小さき勇者たち ~ガメラ~」です


 あぁ、ガメラなんて久しぶりだ。「ガメラを殺して!!」というセリフと衝撃のラストが印象的だった「ガメラ3 邪神覚醒」からもう何年だ・・・・・・?
 あいや、6年ですよ。6年ぶりのガメラシリーズです。待ってました~(´・ω・)b


 「なんだよ、怪獣映画かよ」とか思った人、ちょっと待った!

 この映画は怪獣映画でありつつも、動物映画としての味とファミリー映画としての味をも持ち、さらにはジュブナイル映画でもあるのです。用は普通のそれまでの怪獣映画とはまたちがったものとなっているというわけです。言うなれば「新しい怪獣映画」ですかねぇ

 かといって、先代のガメラ達を無視した作りではないので、当然、怪獣映画のファンも楽しめると思います(僕も怪獣映画は好きなので、確実性はあるかと)


 では、その新生ガメラのあらすじを。今回は事実上、少しネタバレがあるかもしれません。ご了承ください


 1973年、志摩(場所は三重県)にギャオス(鳥みたいな怪獣)が三体現れた。逃げまとう人々を守るため、ガメラが現れ、それに立ち向かいます。劣勢に陥ってしまったガメラは自爆して三体のギャオスを全滅させます。その爆発で岬が寸断され、そこは後に琲島(ひいじま)と名づけられました。
 対岸には自らの命を捨ててでも人々を守るガメラの姿を見つめる少年、相沢孝介がいました。

 ・・・・・・時は移り、現代の2006年、父親になった孝介は息子の透と共に、妻の墓参り。透にとって母親に当たる女性が交通事故で亡くなってから最初の夏休みを迎えました。

 墓参りの帰り道、透は先代のガメラが割った岬、琲島で奇妙な赤い光を見つけます。来る日も来る日も見つけてしまうので、気になった透はその好奇心から、琲島まで泳いで行き赤い光の位置まで向かいます。

 そこにあったのは赤く光る石。その上にはタマゴがありました。透がタマゴを持った瞬間にそれは孵化し、亀のような生き物が現れました。それを「トト」と名づけました。
 家が飲食店で、魚以外の動物の飼育が禁止されている透は、父には内緒でトトの飼育を始めます。

 トトは空を飛ぶ上、急激な成長をし、たった三日で1メートルほどにまで成長した。隣の家にすむ年上の、幼馴染の女の子、西尾麻衣はトトが昔現れたガメラではないかと透に言う。だが、透は「そんなことない」と否定する。

 とはいえ、それこそ最初は親友二人に見せびらかし、目を輝かせていたものだが、こうまで大きくなると育てるどころか隠し通す事さえ難しいものです。そこで透たちは近くの廃屋を使って(?)そこにトトをおいておく事にした。無論、定期的に顔をみせるようにしています。
 トトは透になついたのですが、ある日透の前から姿を消してしまいます

 ショックを隠しきれない彼らを、突如志摩の町に現れた怪獣「ジーダス」が猛威を振るいます。町を壊し、人を食べるなどで暴れ放題のジーダスですが、そこに立ち向かう者がありました。

 それはさらに成長をしたトトでした。トトは苦戦を強いられますが、辛くもジーダスの撃退に成功します。満身創痍となったトトは自衛隊を使った、名古屋の研究機関によって運搬されてしまいます。

 町は甚大な被害を受け、徹たちも避難所にいました。
 あのトトの戦いように、孝介までもがガメラではないかといいます。そこで透はトトのことを孝介に話します。

 その少し前、重度の病気を抱えていた麻衣は心臓手術のため、名古屋に入院していました。透はその手術のお守りとしてトトのタマゴの下にあったあの赤い石を渡していたのです。

 トトにはあの石が必要だということを考え、仲間とともに避難所を抜け出し、名古屋まで向かうのですが、そこに再度ジーダスが襲撃してきます。施設に運ばれた傷ついたトトを見つけたジーダスは執拗な攻撃を仕掛ける・・・。

 一刻も早く、トトにあの赤い石を! その時、孝介は?麻衣は?そして、透は?


 僕もこのガメラをいささか侮っていたようです

 普通に感動しました。・゜・(ノ∀`)・゜・。

 なんでしょうね、やっぱり怪獣映画でありながら動物物の映画を見ている感じがします。それでいて、家族や仲間達との絆もしっかり描かれています。・・・・・・うぅ~む、深いです・・・

 何より深いのは物語の最後に透がポツリとつぶやいた一言。並々ならぬ意味合いが込められてますね・・・。ちょっと切ないです

 しかし、見てみて改めて思います。


 「この映画はトトという生まれたての怪獣が凶悪怪獣と戦えるようになるまでの事を描いた成長映画」であるということに

 盲導犬候補の一頭の犬が盲導犬として成長するまでの物語というのと一緒だと僕は思います。(毎度抽象的な表現ですいませんorz

 それこそ、トトは火を吐くし、空も飛ぶ、そしてなによりデカイ。しかし逆に言ってしまえば“たったそれだけの事”なんです。この世に生を受けたばかりの、数日前までは手のひらサイズだった小さな小さな怪獣が、得体も知れない凶悪な怪獣と戦うのです。それも、人々のために。
 体が大きいとはいえ、生まれたばかりの怪獣にとってはあまりに重責です。

 対する主人公の透は“ただの”人間の子供です。人間相手ならともかく、巨大な怪獣の前では完全に無力。透のみならず、大勢の人間が避難します。

 トトだけが戦ってみんなが逃げる。何もできない事はわかってはいるが傷つき弱っていくトトをただ黙ってみていられない。そういったもどかしさが劇中で痛いくらい伝わってきます

 透のこういう心情が表れるあたりがジュブナイル映画としての要素も含んでいます。


 確かに、ジーダスが何の前触れもなく出てくるので「何で?(;´Д`) 」と思う部分があったり、赤い石リレーをする子供達のシーンも「何で?(;´Д`) 」と思う部分があったりと、脚本自体には説明不足が目立ちますが、後者のシーンは見ていてなぜか感動してしまいました(つД`)

 きっとあのシーンは僕のようなひねくれ者にはわからないようなとても大きな意味があるのでしょう(ネタバレすいません

 ・・・・・・そういうことにしておきます


 上手く言葉では表現できないのですが、この映画では透になりきって、一緒そのもどかしさを痛感してください

 ガメラであるトトがきっとその思いに答えてくれます


 一人でしんみりとしたいとき、はたまた家族で、さらにはカップルで!(ケッ!) 怪獣映画だとはおもわずにご覧になってみてください!

 ・・・・・・所詮特撮映画だろ?と言われてしまったらそれまでなんですがね・・・(苦笑
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