幻像水月

 洋画メインで映画のレビューとかリアルのこととか書いてます。

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  一週間空いてしまいましたね・・・;w;

 暇なのにどうしてPCをつけなかったのか自分でも疑問に思います(オイ

 さて、この前までガンダム00があーだこーだ言ってましたが、今回は再び映画のレビューにもどります。

 映画祭(一人祭り)、感動映画編も今回で終了。次回はまた別のジャンルで行きたいと思います。

 このノリだと多分ホラー行くかも。

 ということで、感動映画祭りのラストを飾るのはこの映画

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 この映画も相当話題になったので、ご存知の方も多いかと思われます。あえて今の時期に見てみるw

 とあるポーランド人のピアニストが第二次世界大戦を生き抜く様を描いた衝撃のノンフィクション映画、「戦場のピアニスト」です。


 もはや語るまい・・・! ということで、あらすじです。


 1939年9月、ナチスがポーランドの侵攻した日から物語は始まる。
 ピアニストであるウワディクは、この日もワルシャワのラジオ局でショパンの演奏をしていた。
 そんな時、近くの壁が大きな音と共に吹き飛んだ。爆撃が行われたのだ。
 立て続けに起こる爆撃に逃げまとう人々。ウワディクもそれに逃れようと逃げている途中、彼は親友の妹であるドロタに声をかけられる。

 その一方、ウワディクの自宅では老父母と姉、弟がいた。4人は英仏の対独宣告を告げるラジオニュースに耳を傾けていた。だが、その希望はいともたやすく砕かれ、街はドイツ軍に占領され、ユダヤ人に対しては多大な圧力をかけはじめた。
 ユダヤ人にはすぐさま、移住命令が出された。しかし、その区画はこの街のユダヤ人全員が入りきれるどうかも疑わしいほどの狭さであった。

 そして、40年の3月には皆我が家を捨て、ゲットーへと移り住むこととなった。

 ウワディクはドロタに別れを告げ、ゲットーの中にあるカフェでピアノ弾きの仕事についた。
 しかし、ウワディクの演奏に耳を傾けるものは誰一人としていなかった。それどころか、完全に雑音扱いであった・・・・・・。

 42年、ドイツ人の雇用証明のない人間は全員収容所送りになると言う噂が実しやかに囁かれた。
 ウワディクは地下活動をしている友人のマヨレクに頼み、家族のためドイツ人が監督を務める労働センターの職を得た。しかし、それも一時的なものとなり、その年8月にはウワディクの家族も含む大勢のユダヤ人が列車に詰め込まれ、収容所送りとなる。

 ウワディクは列車に乗り込む列に並んでいる時に誰かに肩をつかまれて列を離れていたため、これに逃れる事が出来た。
 だが、家族は収容所に送られ、その後二度と会うことはなかった。

 一人となったウワディクはゲットーの壁を崩す労働グループに加わるが、ピアニストに重労働は不可能であった。
 役に立たないものは銃殺か収容所送りとなるのだが、ここでもマヨレクの力を借り、ゲットーへの脱出を謀る。

 そして・・・・・・。


 ノンフィクションであるため、細かな社会情勢などの描写がところどころに現れのですが、僕のようなユダヤ人弾圧に関してまったく無知な人間でも「見る」ことで説明してくれるので安心してみる事ができました。

 現実の事柄と合わせて話をするのはアレなので、ここではあくまで「映画」としての感想をあれこれいいたいと思います。(というか、この時代背景に関してあれこれ言えるほどの知識量を持ち合わせていないという話です。情けない。


 この映画のジャンルとしては感動系ということになるんですが、戦争映画としても見れるのではないかと思います。

 原作タイトルが「ピアニスト」というだけあって、戦場におかれた一人のピアニストの話なんですが、ピアニストであって兵士でないというのがミソです。
 つまり、非力な一般市民なので、戦争をしているシーンを第三者視点で見つつも、その張り詰めた空気を肌で感じることが出来るんです。
 一般市民ゆえ、逃げまとうしかないというのが一般的な考えですが、ウワディクはポーランド人、つまりドイツ人からの弾圧を受けている身です。逃げるどころか隠れる事も出来ないんですよ。

 当然見つかれば収容所行きとなってしまうので、言うなれば「気づかれない」ように(もしくは常に息を殺していると表記するべきか)するしかないんですね。
 逃げるわけでも隠れるのとも違う、それよりもっと脆く、絶望的な行動を起こすしかないウワディク。その隣では戦争をやっています。

 お向かいの部屋ではドイツ人による“人狩り”が行われています。路上では逃げるユダヤ人の背に向けて銃を撃ち放ちます。そして、街に現れた戦車の巨大な砲身の先には自分の部屋があります。
 さて、“どう”しますか?

 平たく言うとそんな状況なんですよ。だから、戦争をしているところを見てしまえば、ウワディクと一緒に息を殺さないといけないんですね。本当にばれてしまうのではないか、というほどの緊迫感が漂っていると思います。

 例えば、一般の家庭にドイツ軍の将校数人が乗り込んで、全員に手を上げて立つように命じる。その家の住民は当然立ち上がりますが、車椅子の人がいます。その人は当然立てません。でもドイツの人は立つことを命じます。
 果てに、その車椅子の人はどうなってしまうと思いますか?

 ナチスが支配するという恐怖をこのようにちりばめられたシーンから感じることが出来ます。
 同時に、ユダヤ人の人の中にもひどいことをやっている人がいたりするので、そういう意味ではドイツ人が間違ってるとか、ユダヤ人が正義という言い方が出来ないのも見所だとおもいます。

 ドイツ将校の前でピアノを弾くシーンは不思議な物が残りますね(ネタバレするのもあれなので、あるていど濁しておきます)。ユダヤ人にとってドイツの人たちは加害者であり、ユダヤ人自身は被害者ということになりますが、このシーンではその構図がなくなってるんですよね。
 ふらふらのウワディクを救ったのが敵というのは実に不思議な話です。
 その後で彼を助けられなかったのは戦争故のことだったんですかね、やっぱり。


 それにウワディク役を務めた俳優さんすごいですね。役作りをする上での痩せこけてる様子とか、栄養が足りてなさそうな表情とか、精神的に参ってる様子とかそういうのを見事に演じきっているのではないかと思います。これでさらに映画に対するリアルさというのが増すのではないでしょうか。

 エンドロールの演奏シーンも結構印象的です。


 モノにもよりますが、基本的にノンフィクションはスケールが大きいので作品として素晴らしいものが多いです。
 この映画のことを少しでも気にしているのなら、一度ご覧になってみてはどうでしょうか?
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