幻像水月

 洋画メインで映画のレビューとかリアルのこととか書いてます。

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 前回はなんの予定もなくギアスのレビューなんてやってしまいましたが、今回は再び映画のレビューに戻ります。

 今回はこんな映画。

 狩人と犬


 レンタルで他のビデオを見ているとき、たまたまこの映画の予告編があったのですが、それがとてもよかったので、見てみることにしました。
 「狩人と犬、最後の旅」です。


 【ストーリー】

 カナダのロッキー山脈で長年狩りを続けてきたノーマンだったが、度重なる森林伐採は動物達の墨かを日に日に奪っていき、狩猟で食を得る事もままならなくなってしまっていた。
 ノーマンは今年限りで狩人の引退を決意していた調度そのころ、ノーマンの元に「アパッシュ」という名の一頭のシベリアン・ハスキーがやってきたのだった。

 【映画の感想】

 ノーマンという狩人として生きる老人の生活を描きつつも、「ディープ・ブルー」や「アース」といったネイチャー・ドキュメンタリー的な側面も持った一度で二度おいしい映画です。
 こういう映画なので、ストーリーはないようなものなのですが、むしろその方が映像に集中できるというものです。クマがサケを捕ったりするシーンが見られます。

 それから、やはり映像がすごい。真冬のロッキー山脈に春先のロッキー山脈、それぞれ全く違う顔をもっているのですね。人が足を踏み入れてはいけないような景色(実際そうなのでしょうが)でした。まさに秘境といったところでしょうか。

 映画開始1分で早速背景に釘付けになり、それを知っているかのようにロッキー山脈の美しい緑に川、そして今日という日を必死で生きる動物達をみせてくれます。

 背景がストレスなく見られるカメラアングルに好印象を抱きました。画面に向かってノーマンが犬ぞりで走るシーンがあったら、ノーマンを画面の真ん中に置くのではなくて、画面左やや下あたりにおいたりしてます。川くだりをするシーンがあればアオリに撮ったりなどしたりで、人物と背景を上手く見せていると思います。それにより、ロッキーの大自然を堪能しつつ、ノーマンの日常を見ることができるのですからなんとも贅沢です。


 狩人という存在はそもそも、増えすぎた動物を調整する役割をもつ存在だそうです。この動物の数が増えていたらいくつだけ捕れば生態系のバランスが崩れないで済むというもの。

 つまり、自分が狩りを行う土地にどんな動物が済んでるか、何の固体の数が多いのかといった確認しきれない事を確認して初めて狩りが行えるのです。勿論、数を間違えたらそれだけで生態バランスを崩してしまいかねません。それだけに、誰でも出来る事ではありませんし、狩人として生きていくためには自然の驚異にも立ち向かわなければなりません。自然と調和しなければいけないのですね。

 
 映像面とメッセージ面において非常によくできた作品だと思います。この映画を見ていると、人間というのがこの世に生まれたのは本当はノーマンのような存在になるためなのではないのかな、と考えたりました。人間の膨大な知識量はそのためにあるのではないかなと。

 何より驚きなことは主演(といっても役者ではないのですが)を演じているノーマン・ウィンター氏自身が狩人であること。本人の職業が狩人であるため、自然を見つめるその目、そして「狩人が減ったから動物も減った」という言葉などの言動の一つ一つに重みを感じます。それと同時にこの映画がただの「自然は大切にしましょうね」と言いたいだけの映画ではないことがわかります。それよりももっと胸にズン、とくるものがあります。

 自給自足に近い生活をし、娯楽ともほぼ無縁の生活ですし、いつやってくるかもわからないブリザードは人の命なんか容易く奪い去ります。彼はなんどもこの仕事をやめようとしますが、そのたびに狩りのパートナーであるアパッシュを始めとした7頭の犬達に支えながら、ノーマンとその妻は自然と共生することができるこの生き方を通し、それに対して大きな喜びと誇りを持ちます。これが彼の「全て」なのです。


 映画のラストでロッキー山脈に再び春が訪れます。今年で引退を決意していたはずのノーマンですが、あらたに家を建てます。妻は言います「今年で引退するのなら、どうして家を建てるの?」ノーマンは答えます「どうしてかな」
 思わずニヤリとしてしまう場面です。状況は全く違いますが、日本にもどこか似たような例がありますね。

 自分はサラリーマンで、妻と子供を養うため汗水流して働く毎日。久々の休日でごろごろしてれば妻に「一日中家でごろごろしてんじゃねえ」と蹴飛ばされ、子供には何もしてないのに「親父なんか嫌いだ」と言われ踏んだり蹴ったりな休日になってしまいます。
 一人で晩酌すれば「俺は何のために働いてるんだっけ?」という疑問が頭に浮かんだりします。でも、そんな時、例えば子供から「いつもありがとう」的な手紙をもらったり、写真などをみて妻と結婚した時のこととかを思い出したりしたら、それだけで意外と嬉しくなるものです。
 そうして、ちょっとニヤニヤしながら「もうちょっと頑張ってみるか」なんてつぶやいたり。
 人はわずかな希望があればそれを活力にしてたくさん頑張れるものですしね。

 感覚的にはそれになんとなく似てる気がします。だから、毛皮の値段がわずかに値段が上がった事をしったノーマンはそれだけで少し嬉しい気分になり、「もう少し頑張ってみるか」というような気分になったのではないでしょうか。

 ・・・・・・全国の働く男性の方々今日もお疲れさまです(つД`)


 これは、何かの本で読んだのですが、その本には「都会は時間を帰る場所」という言葉がありました。その言葉を聞いた時は「あぁ、なるほどね」と簡単に考えていましたが、この映画を見てその言葉の真の意味というものが分った気がします。

 花が欲しければ花屋に行けば手に入ります(お金を払うこととは別問題とします)。でも、家にいたら種から育てなければなりませんよね。それと同じように、肉でも野菜でも食べ物が欲しければスーパーに行けばすぐに手に入りますが、その手段を除くと一から育てなければいけませんね。

 つまり、何かを「買う」ということは非常に便利で合理的ではありますが、便利さというのは得てして忘れてしまうものです。お金を払って何かを買う、ということがいかに便利な事かということをこれで改めて知る事ができました。
 でも、何か農作業をやっているわけでもない、一般家庭が日々の糧を得るためにはその「買う」という行為を行わざるを得ませんし、それをしないで生きていくことはもはや不可能です。これらは食べ物に限った話ではありませんが、この「買う」ということの便利さを思い出す必要があると思います。


 環境破壊とも密接な関係を持っている映画で、身に突き刺さるようなメッセージがあるのですが、それをひとつずつ言っていたら長くなるし、何より僕自身が偉そうな事を言える立場ではないので、ここではあまり語らないことにします。

 ゴミを出さない生活、環境を破壊しない生活というのは現代、もっといえば首都圏付近では到底無理な話ですが、せめて日々の食にありつけることへの感謝は忘れないようにしたいと心から思いました。

 目の前に料理を出されたら「いただきます」と言える人間になりたいです。


 【個人的見どころ】

 背景はもちろんのことなんですが、最後の狩人となったノーマンが破壊されてゆく環境の中、どうやって自然と共存していくのか、どうやって生きる糧を得るかに注目してほしいです。
 
 手元にDVDがあったとしたら、何度も見たいとは思いませんが、時間を置いた時に見たくなるような作品です。
 ハスキーがとっても可愛い。

 【キャスト】

 監督・脚本:ニコラス・ヴァニエ
 プロデューサー:ジャン=ピエール・ベリー
 制作:ベルトラン・ジェニー

 出演:ノーマン・ウィンター

 配給:ギャガ・コミュニケーションズ
 上映時間:101分
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